ブギウギ愛子のモデルは笠置シヅ子の娘の亀井エイ子!現在はどうしてる?

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朝ドラ「ブギウギ」趣里さん演じるヒロイン福来スズ子の娘の愛子のモデルは笠置シヅ子さんの娘の亀井エイ子さんです。「ブギウギ」の愛子のモデルの笠置シヅ子さんの娘さんご紹介です!亀井エイ子さんの画像と現在はどうしてる?何をされているのでしょうか!

目次

ブギウギ愛子のモデルは笠置シヅ子の娘・亀井エイ子!

ブギウギの愛子とは

愛子は花田愛子といいます。羽鳥先生(草彅剛)など、みんなスズ子のことを「福来スズ子」と呼んでいますが、これは義母のツヤ(水川あさみ)が考えた芸名で、本名は花田鈴子(趣里)です。

戦争の激化により、世の中の規制や生活が厳しくなってきたころ、スズ子は村山愛助(水上恒司)と偶然出会いました。

スズ子がまだ大阪の梅丸少女歌劇団(USK)にいたころから、愛助はスズ子の大ファン♪

スズ子愛が強すぎて、手紙を何通も出したり、さらには自宅にレコードを聴きに来ないか、と誘ったりする愛助。

10歳近く愛助が年下だったこともあり、弟の六郎( 黒崎煌代)とスズ子はなんとなく重ね合わせ、弟のように思っていました。

最初は隠していましたが、大阪の大企業、村山興業の御曹司だという愛助。

でも偉ぶることもなく、とても優しい愛助に、スズ子は親近感を持つようになります。

容姿的にはたぶん、愛助に一目惚れだったスズ子。(笑)

やがてふたりは惹かれあうようになりますが、愛助の母、トミ(小雪)が二人の交際を認めません。

東京支社長の坂口(黒田有)が間に入りますが、トミは聞く耳を持ちません。

村山興業はトミと夫が苦労して大きくしてきた会社。トミが母親代わりとなり、所属する芸人たちの世話を一手に引き受け、夫婦で二人三脚でやってきました。

夫は早く亡くなりましたが、その後はトミがひとりで引き継いでいます。

愛助はトミにとって、たった一人の息子。愛助には、自分たちと同じように、夫婦で村山興業を守ってほしいと願っていたのです。

そんなとき、愛助が結核を再発し寝込んでしまいます。スズ子は付きっ切りで看病。

その姿を見ていた坂口は、ふたりに一軒家を与え、怖いと思いながら(笑)トミにふたりの交際を認めるよう、相談に行きます。

トミはスズ子に歌手を辞め、村山興業に入れば交際を認める、という条件を出しました。

ですが歌手のスズ子を一番好きな愛助と、羽鳥が猛反対(;^^)

愛助は体調もかなり良くなっていましたが、また寝込むようになってしまいます。

心配したトミが大阪にもどるように言い、母親の死に目に会えなかったスズ子は、愛助に大阪に戻るよう説得します。

ふたりは初めての旅行に出かけ、愛助は大阪に戻りました。

愛助が大阪に発ったあと、スズ子は自分の妊娠に気付きます。

その後ふたりは手紙でやりとりをしますが、愛助の体調はよくならず、東京に行くことができません。

不安なまま出産を迎えるスズ子を、坂口やマネージャーの山下(近藤芳正)、羽鳥と妻の麻理(市川実和子)らがサポートしました。

どんどん衰弱していく愛助。とうとう愛助は最後にスズ子への手紙を遺し、亡くなってしまいます。

無事出産したスズ子でしたが、愛助の死を知らされ呆然とします。

愛助の遺言により、娘の名前は愛子と命名。その後トミが突然やってきて、初孫に顔をほころばせました。

トミは愛子を引き取りたいと言いましたが、スズ子は離したくないと断ります。

こうして周りのサポートも受けながら、スズ子は愛子をひとりで育てています。

というのが愛子のこれまでです。

スズ子のモデルは笠置シヅ子さん。愛娘は亀井エイ子さんですが、どんな誕生をされたのでしょうか!

愛子のモデルは笠置シヅ子の娘・亀井エイ子!

朝ドラ「ブギウギ」ヒロイン福来スズ子のモデルは、実際にブギの女王と呼ばれた笠置シヅ子さんです。

笠置シヅ子さんは1947年、33歳のときに愛娘、エイ子さんを出産しています。

父親は吉本興業の御曹司だった、吉本頴右さん!吉本興業の創業者、吉本泰三さんの次男ですが、吉本家の子どもたちは早世していて、成人を迎えることができたのは、吉本頴右さんだけでした。

泰三さんも早くに亡くなり、母親の吉本せいさんにとっては、たったひとりの跡取り息子。それは大事に育てたことでしょう。

以降では、笠置シヅ子さんの娘・亀井エイ子さんの誕生までの実話をご紹介です。

笠置シヅ子の娘・亀井エイ子の誕生までの実話とは?

父親の吉本頴右の親・吉本せいが交際を反対!

吉本せいさんをモデルにしたNHK連続テレビ小説「わろてんか」があります。ヒロインは葵わかなさんが演じました。

笠置シヅ子さんは1927年、13歳で大阪の松竹楽劇部に研究生として入団します。

1934年に「恋のステップ」で歌手デビューし、着々とスターの座へと進みました。

1938年に東京に新しく「松竹歌劇団」が設立され、笠置シヅ子さんはスカウトされ入団。

そこで服部良一さんと運命の出会いをし、服部良一さんの指導のもと、スイングの女王へとなっていきます。

笠置シヅ子さんと吉本頴右さんが出会ったのは、1943年のこと。

ちょうど戦争が激化していたときで、ジャズは敵性音楽だと批判され、思うように活動ができなくなったころです。

活動の場を求め、地方巡業に出ていた笠置シヅ子さん、その巡業先の名古屋で、笠置シヅ子さんの大ファンだという、学生だった吉本頴右さんと出会いました。

吉本頴右さんの方が9歳年下ということもあり、弟のように思っていた笠置シヅ子さん。

ですが優しく気配りもできる吉本頴右さんに、笠置シヅ子さんはだんだん惹かれていきます。なにより吉本頴右さんはかなりのイケメン(≧∇≦)

結核を患った吉本頴右さんを、感染するかもしれないなか、必死で看病した笠置シヅ子さん。

そんな二人を見て、吉本興業の東京支社長で、せいさんの実弟だった林弘高さんはふたりを応援。

空襲で家が焼失したふたりに、一軒家を与えました。この一軒家には、他の人も住んでいたので、二人っきりの同居ではなかったようです。

吉本頴右さんは結婚を考えていたそうですが、二人の交際を吉本せいさんが大反対。

恐らく結婚を認めてもらうため、吉本頴右さんは終戦後の1946年に早稲田大学を中退し、吉本興業で働き始めます。

もともと病弱だった吉本頴右さんを心配していたせいさんは、大阪に戻るようたびたび催促していました。

せいさんも体調を崩し、入院していたのです。

自身が義母の死に目に会えなかった笠置シヅ子さん。帰阪を勧めましたが、多忙のため時間がとれず・・・。

ようやく大阪に戻ることが決まった吉本頴右さん。笠置シヅ子さんは琵琶湖まで一緒に旅をします。

妊娠と出産

東京に戻った笠置シヅ子さんに異変が・・・妊娠がわかります。

結婚を反対していたせいさんでしたが、笠置シヅ子さんの妊娠がわかると、態度を軟化させたといいます。

笠置シヅ子さんは吉本頴右さんに会いに大阪に行き、子どもの認知と入籍の話がまとまりました。

吉本頴右さんが望んでいたこともあり、笠置シヅ子さんは1947年2月の公演で引退する決意をし、最後の舞台「ジャズカルメン」に主演として舞台に上がります。

ですが吉本頴右さんの結核がだんだん悪くなり、東京に戻れない状態に・・・。

出産間近だったので、笠置シヅ子さんも大阪には行けず、不安が募っていた矢先、吉本頴右さんの訃報が届きました (T_T)

笠置シヅ子さんは、吉本頴右さんの訃報を聞いた10日後に、エイ子さんを出産。

エイ子という名前は、吉本頴右さんの遺言により命名されました。

入籍をしないまま頴右さんが亡くなってしまったので、笠置シヅ子さんの本名の亀井から、亀井エイ子と名付けられます。

笠置シヅ子さんは朝ドラ「ブギウギ」と同じく、育ててくれた両親は、実の親ではありません。

娘には親のことで寂しい思いをさせたくなかったのですが、結局エイ子さんはは私生児となってしまい、笠置シヅ子さんはとても残念に思ったそうです。

亀井エイ子誕生のあと

吉本せいさんや、林弘高さんから、エイ子ちゃんを引き取りたいと言われた笠置シヅ子さんでしたが、自分がもらわれっ子だった経験もあり、自分で育てる覚悟を決めます。

服部良一さんは、このころ幕間に楽屋に走っていき、エイ子ちゃんをあやしたりお乳をあげ、また慌ただしく舞台に戻る笠置シヅ子を見ていました。

何事にも真っすぐで一生懸命な笠置シヅ子さん。朝ドラ「ブギウギ」スズ子そのままですね。

エイ子さんのためにも、乳飲み子を抱えたまま歌手を続ける決心をした笠置シヅ子さんは、服部良一さんに曲の依頼をしました。

こうして出来上がった「東京ブギウギ」は、暗い日本を元気にし、笠置シヅ子さんをまたブギの女王に君臨させます。

乳飲み子を抱え、奮闘する笠置シヅ子さんには、夜働く女性たちから熱烈な応援をされていたそうです。

さて、亀井エイ子さん、その後どうされたのでしょうか?

亀井エイ子の現在はどうしてる?画像とフラワー業や書籍監修も

亀井エイ子誘拐!殺害脅迫

亀井エイ子さんは1947年6月1日に生まれました。2024年のお誕生日で77歳になられます。

亀井エイ子さんは一般人なので、詳しいことは公表されていませんが、現在もご健在だということはわかっています。

1954年、エイ子さんが7歳のころに事件は起こりました。

笠置シヅ子さんの家に「6万円渡さないと、娘を殺す」という脅迫電話がきたのです。

当時は芸能人の自宅の住所や、電話番号も一般の人が普通に知ることができた時代。

お金に困った男による犯行でした。

幸いエイ子さんは無事で、犯人もお金の受け渡し場所で、待ち構えていた刑事たちにより確保されています。

この時代、似たような事件が多かったといいます。無事でよかったですね♪

フラワーアレンジメントを学びに渡米

亀井エイ子さんは高校卒業後、フラワーデザインをやりたいと笠置シヅ子さんに相談。

笠置シヅ子さんのアドバイスで、まずは服飾デザイナー、田中千代先生のところに通いながら、マミ川崎フラーデザインスクールに通っていたそうです。

スクール卒業後に渡米。当時日本にはまだ少なかった、西洋風のアレンジメントを学ぶためです。

アメリカのビル・ヒクソンズスクールを卒業し、ディプロマ(卒業証書)を取得しました。

そのままシカゴのフラワーショップで1年間修業。そのままアメリカにいようと思ったそうですが、笠置シヅ子さんから「そろそろ帰ってこい」と言われ、帰国されたそうです。

淋しかったのでしょうね(;^^)

亀井エイ子さんは帰国後、大手ホテルのフラワー業に従事されたそうです。

個人のアトリエ「ジャルダン・デ・フルーフ」を経営されたこともありました。

現在はどうしてる?画像とは?

2023年10月には、朝ドラ「ブギウギ」に伴ったトークイベントにご出演!スズ子の義父を演じた柳葉敏郎さんもご出席されました。

2021年にはテレビ出演もされたそうです。

以下が現在の画像です。

また、笠置シヅ子さんに関する多くの書籍の制作や、監修もされているとのこと。

2023年に発売された書籍「笠置シヅ子 その言葉と人生」では、母親や父親のことなど、たくさんのことをインタビューで答えられました。

また「昭和ブギウギ 笠置シヅ子と服部良一のリズム音曲」「笠置シヅ子の人生 メディアソフト」などでも、資料や写真の提供をされたとのことです。

朝ドラ「ブギウギ」の放送で、資料提供など忙しくされているのかもしれませんね。

笠置シヅ子さんは1985年、卵巣がんにより70歳でお亡くなりになりました。

このとき亀井エイ子さんは38歳のころ。エイ子さんが喪主を務め、服部良一さんが葬儀委員長を務められたそうです。

ブギウギ愛子役の子役の小野美音とは?

朝ドラ「ブギウギ」愛子の0歳時を演じたのは、長谷川杏和ちゃん、中尾琉愛ちゃん、加地湊ちゃん、井上陽奏ちゃんの4人の赤ちゃんたちです♪

これから少女に成長した愛子が登場!少女の愛子を演じるのが、小野美音ちゃんです(≧∇≦)

小野美音ちゃんは現在6歳。生後1ヶ月のころから、インスタで成長がアップされていました。カワイイです(≧∇≦)

2023年12月に、ラジオドラマに出演♪

「大岡越前スペシャル〜大波乱!宿命の白州」には南沢奈央さんの幼少期役で、ドラマ初出演(≧∇≦)

七月大歌舞伎 「浮かれ心中」 で、村の子ども 役 で出演しました。

2023年2月放送のNHK「夜もオハ!よ~いどん」にも♪

恐らくドラマ出演は、今回が2度目となる小野美音ちゃん♪

ヒロインの娘という大役で、今後注目されること間違いなしです(≧∇≦)

小野美音ちゃんの登場、楽しみですね♪

まとめ

NHK連続テレビ小説「ブギウギ」趣里さんが演じるヒロインスズ子の愛娘、愛子♪

モデルは笠置シヅ子さんの娘、亀井エイ子さんです。

誕生まではほぼ史実通りに「ブギウギ」で描かれていて、その後亀井エイ子さんはフラワーアレンジメントを学ぶため渡米。

笠置シヅ子さんに催促され帰国(笑)し、大手ホテルでフラワー業に従事されたそうです。

亀井エイ子さんは一般人なので、詳細についてはわかりませんが、2023年末には柳葉敏郎さんと一緒にトークイベントに出ておられるので、現在もお元気でいらっしゃいます。

また笠置シヅ子さんに関する書籍などの資料提供などもされています。

現在「ブギウギ」で愛子はまだ赤ちゃんですが、少女になった愛子は小野美音ちゃんが演じます♪

これから「東京ブギウギ」で、大ヒット歌手となるスズ子♪愛子との親子関係にも注目していきたいですね。

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